前回の記事で、水と料理にまつわる理論を学びました。
その記事で、料理に最適な水とは、
その料理、その調理工程別に合わせなければならない事を書きました。
今回は、料理の土台となるだし、
日本料理のだし、
一番だしと呼ばれる、鰹節と昆布の合わせだしを作るべく、
鰹節と昆布のだしに最適な水、さらに、鰹節と昆布の旨味を最も引き出す方法、温度について探っていきます。
何事も土台作りが大切だし!
鰹節と昆布のだしの作り方(理論編)
まずは、鰹節と昆布のだしを実際に作っていく前に、
理論をまとめて、頭で鰹節と昆布のだしの作り方の最適な方法を導いていきます。
よ~くかんがえよ~♪
鰹節と昆布のだしに最適な水とは?
前回学んだ、水と料理にまつわる理論から、鰹節と昆布のだしに最適な水を導いていきます。
だしに最適な水の硬度は?
軟水のだしと、硬水のだしとでは、アミノ酸含有量に違いはありませんでした。
硬水のだしは、硬水に多く含まれるカルシウムと、昆布に含まれるアルギン酸と結合して濾過時にアクとして除去され、色調としては透明度の高いだしがひけました。
しかし、カルシウムとマグネシウムの含有量と、旨味が負の相関、苦味に正の相関がある事から、
嗜好では、硬水のだしは後味が悪いと評価されました。
さらに、カルシウムと結合したアルギン酸は粘性を有しました。
これらの事から、だしに最適な水は軟水といえます。
だしに最適な水のpHは?
だしの濁りの主な原因は、鰹節の脂質でした。
鰹節のタンパク質は等電点(pH5.4付近)において最も膨潤度が小さく、酸性あるいはアルカリ性側にシフトさせると、タンパク質の膨潤度が大きくなり、組織構造が緩やかになる事から、組織内部に存在する脂質が遊離しやすくなり、だしが濁りました。
よって、だしに最適な水のpHは5.4付近の酸性といえそうですが、
しかし、鰹節には乳酸が多く含まれる事から、鰹節のだしは元の水よりpHは低くなります。
ちなみに、硬度の違いによる乳酸の溶出量に差はありません。
さらに、水は、沸騰させると水に溶存している二酸化炭素が揮散し、pHは高くなります。
これらの事から、水のpHの違いによるだしへの影響をコントロールするのは難しくて現実的でなく、メリットも小さいと考えられます。
また、一般に言われる「弱アルカリ性の水は、体内への水分吸収性がいい」というのは、
弱アルカリ性の水も弱酸性の水も、結局は人体の消化液等の分泌液でpHが変動して小腸に届き、それから吸収されるので、弱アルカリ性の水が体に良いという生理学的根拠はありません。
これらの理論より、鰹節と昆布のだしに最適な水は軟水という事を導けました。
これは、一般に言われる「軟水は旨味が出やすい」というのは間違いであり、
それとは違った方向から導き出したものです。
情報を鵜呑みにしちゃダメだねっ!
鰹節と昆布のだしに最適な水は軟水という事は導けましたが、
どの軟水、どのミネラルウォーターがいいのかという事までは、理論では導けません。
ですので、実際に数種類の軟水のミネラルウォーターで、だしをひき、飲み比べていきます。
前回の記事で、ミネラルウォーターを飲み比べた際の、3種類の軟水のミネラルウォーターを使います。
白神山地の水と、温泉水99と、南アルプスの天然水です。
白神山地の水
ナチュラルミネラルウォーター
鉱泉水
硬度0.2mg/L
pH6.6
温泉水99
ナチュラルミネラルウォーター
温泉水
硬度1.7mg/L
pH9.9
南アルプスの天然水
ナチュラルミネラルウォーター
鉱水
硬度30mg/L
pH7.1
前回の記事で、これら軟水はそのまま飲み比べても、正直違いは分かりませんでした。
なので、だしにしたところで一緒だろうと思っていました。
しかし、結果としては、味に違いがでてきたのです。
高を括っていましたっ!
まず、最初にだしをひいてみたのは、白神山地の水でした。
白神山地の水は硬度0.2mg/Lと、ミネラルウォーターの中でも特に硬度が低く、栄養成分的に純水に近い為、
鰹節と昆布のだしも、純粋なだしがひけるのかな、という思惑と、
pH6.6という弱酸性で、だしの濁りも抑えられるので、
3種類の軟水の中では、イメージとして鰹節と昆布のだしに最適だろうと思い、最初に選びました。
そして、白神山地の水でだしをひいて飲んでみると、
「甘い」
という感想を持ちました。
甘いという味自体はいいのです。旨味が十分引き出されているのでしょう。旨味から感じる甘さです。
しかし、極僅かな感覚なのですが、「甘すぎる」というのか「旨すぎる」というのか、
良い方の表現はなく、甘みを強く感じすぎてしまいました。
これはどうした事だろうと、考えました。
考えたところ、ひとつの仮説にたどり着きました。
白神山地の水の特徴として、非常に低い硬度があげられます。
硬度が低いという事は、カルシウムとマグネシウムの含有量が低いという事です。
カルシウムとマグネシウムというのは、味としては苦味を感じます。
しかし、その苦味というのは絶対悪ではなく、時として味に深みを与えます。
塩を例にしてみてみると、塩化ナトリウムが99%以上の食塩よりも、
カルシウムやマグネシウム等のミネラルが入った海水塩や、岩塩等の方が味に深みを感じます。
よって、白神山地の水でひいただしは、カルシウムとマグネシウムが入っていない分、旨味を強く感じてしまったのかもしれません。
この仮説を念頭に置いて、温泉水99と南アルプスの天然水もだしをひいてみました。
すると、温泉水99のだしは白神山地の水のだしと同様、硬度1.7mg/Lという低さからか、甘味を強く感じました。
南アルプスの天然水のだしは、甘味、旨味を十分感じるのですが、それが強すぎるという感じではなく、他のだしよりも深みを感じました。
それは南アルプスの天然水の硬度30mg/Lという、多少のカルシウムとマグネシウムの含有量からなるものなのかは定かではありません。
それに、その味の違いも極々僅かです。
いずれにしろ、仮設通り多少のカルシウムとマグネシウムを含んだ水でひいただしの方が、味に深みを与えそうです。
という事で、鰹節と昆布のだしに最適な水は硬度30mg/L程度の軟水という事が導けました。
ただ、白神山地の水や温泉水99でひいただしが不味い訳では決してありません。
自分の違和感に基づく、完全に自分の好みの問題です。
けれども、料理は理論だけで語れるものではなく、
自分の感性というものも大事にしていきたいです。
理論的であり、感覚的であれっ!
鰹節と昆布のだしを引くのに最適な温度とは?
実際に鰹節と昆布のだしを作っていく前に、今までの作り方でいいのかどうか見直したいと思いました。
みなおすっ!
過去の記事で、肉や魚、野菜や果物の低温調理について学んだので、このだしにも温度というのに気を配らなければいけないのではないのかと思ったのです。
今までの作り方で言うと、私は日本料理の教科書として、
「プロのためのわかりやすい日本料理」を使っているのですが、
これによる鰹節と昆布のだしの引き方は、
①水に昆布を入れ、火にかける。
②約10分で沸騰するように火加減を調節し、沸騰直前に、昆布に爪を立てて柔らかくなっているのを確かめて引き上げる。
③沸騰したら少量の水を加え、沸騰を抑える。
④削りを一度に加える。
⑤再び沸騰し始めたら火を止め、削り鰹が沈みかけたらあくをとる。
⑥ネル地で静かに漉す。この時、絞りきらない事。
とあります。
このように、今までの方法は、温度という観点にはあまりふれられていません。
しかし、ネットで調べていくと、ある興味深い事が書かれていました。
2002年、大学の研究者と日本料理アカデミーによる実験で「昆布のグルタミン酸を最大限に抽出するには60度で1時間加熱するのがいい」「鰹節は85℃で旨味が短時間で抽出される」という結論が出たことによって、従来の『昆布と水を鍋に入れて沸騰直前に取りだし、鰹節を加え一煮立ちさせる』という方法では鰹節の旨味成分は充分に引き出せないことがわかりました。
やはり、だしも温度というのに気を配れば、より旨味を引き出せるようです。
ただ、いろんな方のサイトで、この実験に基づくであろうだしの引き方を載せているのですが、
この大学の研究者と日本料理アカデミーによる実験結果の大元というものが、ネットではなかなか見つかりませんでした。
ですので、この実験に基づくであろうだしの作り方を理論的にまとめているサイトがありましたので、こちらを参考に、鰹節と昆布のだしを引くのに最適な温度や時間の理論をまとめていきます。
昆布は60℃で1時間加熱する
60℃で1時間が、最も旨味成分のグルタミン酸とアスパラギン酸が溶出され、1時間以上加熱しても、旨味成分の溶出量は増えないというデータがあります。
なお、下記の理由から、70℃以上にならないように注意します。
1. 雑味が出る:アルギン酸などが溶出される
2. 風味が損なわれる: アルデヒド類、イオウ化合物などのにおいが発生する
3. 出汁が濁る: 色素のβカロテンやクロロフィルが溶出し、出汁が濁る
4. アクが出る: ヨウ素などのミネラル類が溶出する
鰹節は70℃で入れる
70℃がもっとも鰹節の香り成分(300種類以上ある)が抽出されやすい温度です。
また、下記の理由から、70℃以上で煮出さない方がよいです。
1. 風味の損失: かつお節の香り成分が揮発する
さらに、下記の理由から、85℃以上にならないように注意します。
2. 出汁が濁る: タンパク質が溶け出し、凝固してしまう
3. 臭みが出る: かつおの独特な魚臭が抽出される
なお、85℃が最も旨味成分のイノシン酸が抽出されやすい温度ですが、かつお節の香り成分が揮発してしまう為、70℃以上にしないことが望ましいです。70℃でもイノシン酸は十分に抽出されます。
※ 一方、味の濃い料理やコクのある料理を作る場合には、多少香りを失ってでも、うま味と雑味(コク)の抽出量を重視し、85℃まで煮出します。
昆布は12時間以上水に漬けない
下記の理由から、長時間(12時間以上)は水に浸けない方がよいです。
1. 雑味が出る:アルギン酸(ねばり)や多糖類が溶出し、出汁に粘りが出てしまう
2. 出汁が濁る: 色素のβカロテンやクロロフィルが溶出し、出汁が濁ってしまう
以上を踏まえた鰹節と昆布のだしの作り方をまとめます。
鰹節と昆布のだしの作り方
1、超軟水1ℓに対し、削り鰹20g、昆布20gを用意する。
2、昆布の表面の汚れを、固く絞った濡れ布巾で拭き取る。
表面の白い物質(塩分とマンニット)を落としすぎないようにする。
3、昆布を冷蔵庫で1時間水に漬ける。
昆布の状態により水に漬ける時間を調整する。
4、昆布だしを60℃で1時間加熱する。
5、昆布を取り出し、70℃まで加熱する。
6、鰹節を入れて、すぐに火を止める。
7、鰹節が沈むのをまって10秒置く。
8、丁寧に漉す。
以上で、鰹節と昆布のだしの作り方の理論はまとまりましたので、
次に、実際に作っていきます。
レッツクッキング!
鰹節と昆布のだしの作り方(実践編)
鰹節と昆布の準備をする
今回使用したのは、鹿児島県枕崎市産の鰹節の本枯節雄節、北海道利尻島産の利尻昆布です。
水は、南アルプスの天然水を使用します。
水1ℓに対して、削り鰹20g、昆布20gを用意します。
昆布は表面の汚れを、固く絞った濡れ布巾で拭き取ります。
表面の白い物質(塩分とマンニット)を落としすぎないようにします。
ふきふき!
鰹節は削り鰹にしていきますが、昆布のだしをとるのに時間がかかる為、せっかくの削りたての香りを損ないように、加える直前に削ります。
昆布のだしをとる
昆布は冷蔵庫で1時間水に漬けます。
昆布の状態により水に漬ける時間を調整します。
水を火にかけ、60℃に達したら弱火にし、1時間煮出します。
じっくりと、じんわりと、
鰹節を削る
鰹節は表面のカビ、皮、血合いを包丁で削り取ります。
鰹節削り器の刃を調整し、鰹節の頭の方から削っていきます。
シュッ♪シュッ♪
鰹節のだしをとる
昆布のだしは、1時間経ったら昆布を取り出し、火を強め、70℃にします。
70℃に達したら、火を止め、削り鰹を加え、10秒経ったら漉し器で漉します。
削り鰹を加えてからは、無駄に動かさず、漉す時も静かに漉します。
イメージとして、削り鰹は薄い為すぐに成分が溶出されます。
という事は雑味までもすぐに溶出されるという事なので、
椀物として使う鰹節と昆布のだしとしては上品さを追求したいので、
その余計な雑味までは溶出させないイメージで鰹節のだしをとります。
そろり、そろり、
鰹節と昆布のだしの完成
漉したものが鰹節と昆布のだしです。
出来上がりっ!
まとめ
今回、だしと向き合い、だしに最適な水を導き、だしを引くのに最適な温度を学びました。
今回引いただしを使って、次回は海老真薯の椀物を作ってみたいと思います。
なので味の感想は次回にしっかり伝えたいと思います。
だしと向き合った感想としては、正直まだまだ磨き上げる事ができるのではないかという想いでいっぱいです。
鰹節の種類はどうなんだろう?
鮪節も使ってみたらどうなんだろう?
昆布の種類はどうなんだろう?
真昆布と利尻昆布を合わせてみたらどうだろう?
水は硬度30mg/L程度の軟水をもっと飲み比べたらどうだろう?
等々、
料理の土台となるものなので、ここで妥協したら、全ての料理を妥協した事になります。
水と鰹節と昆布だけしか使っていないのに、こんなにも考える事があります。
ただ、これは憂鬱な感情ではなく、ワクワクと楽しさがこみあげてくるのも事実です。
こういった、コツコツと考えて積み上げてできた料理は、人とは違う個性を持った料理になるように思います。
自分はそういった面で、人とは違う個性を出せていけたらいいなと思います。
こうして、いずれ開く店への道のりが、また一歩踏み出されたのです。
8歩目!
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