前回の記事では、低温調理の理論と向き合いました。
今回は、低温調理の実践編という事で、牛もも肉のステーキを作っていきます。
いきます!
牛もも肉のステーキの作り方(理論編)
牛もも肉のステーキを作る前に、
作らないんかい!
前回の記事で向き合った、低温調理の理論をもとに、牛もも肉の低温調理に最適な温度と時間を導いていきます。
頭を整理してから実践していこう!
牛もも肉の低温調理に最適な温度と時間とは?
まず、低温調理とは、
食材の温度を低温に保ったまま、長時間かけて加熱する事で、
食材の柔らかさと水分を保つメリットがある調理法です。
さらに、
食材の温度を低温に保ったまま、長時間かけて加熱する事で、
酵素が活性する時間も長くなる事により、
肉のタンパク質の分解が促進され、旨味成分が増加したり、
野菜のデンプンの分解が促進され、甘味成分が増加したり、
等のメリットも期待できます。
そして、その低温調理のメリットである食材が柔らかさと水分を保った状態というのは、
その肉のタンパク質の成分が、
ミオシンは加熱による収縮をし、柔らかな食感を生み
アクチンは加熱による収縮はせず、水分を保ち
コラーゲンは加熱による収縮をし切れて、ゼラチン質になっている
そして、それぞれの成分がこの状態になる加熱の温度と時間は、
今回は、陸上生物なので、
ミオシン 50℃から変性し始める。
アクチン 66℃から変性し始める。
コラーゲン 40℃から変性し始めるが十分な時間が必要。68℃で短時間ではゴム状になる。70℃以上数時間でゼラチン質になる。
さらに、食材の安全性を確保する為に、厚生労働省が定めている、食品の規格基準を守ります。
食肉製品の規格基準のうち、牛もも肉のステーキは、特定加熱食肉製品に分類できます。
その製造基準の中で、加熱の温度と時間に関する項目があるのでみてみます。
その中心部を次の表の第1欄に掲げる温度の区分に応じ、同表の第2欄に掲げる時間加熱し、又はこれと同等以上の効力を有する方法により加熱した食肉を原料食肉として製品を製造する(食肉の温度が 20°を超え 50°未満の状態の時間が 120 分以内である場合に限る。)
第1欄 第2欄
50° 580分
51° 300分
52° 155分
53° 79分
54° 41分
55° 21分
56° 11分
57° 6分
58° 3分
59° 2分
60° 1分
63° 瞬時
その上で、前回の記事で参考にした、「Cooking for Geeks 第2版 ―料理の科学と実践レシピ 」という書籍より、牛と赤身肉の焼き加減の温度チャートがあるので、それをみてみると、
レアは51.5℃~54.5℃
ミディアムレアは54.5℃~60℃
ミディアムは60℃~65.5℃
ミディアムウェルは65.5℃~68℃
ウェルダンは68℃~71℃
と、あります。
柔らかさと水分を保った状態を目指すなら、レアかミディアムレアが狙い目になります。
以上を踏まえた上で、牛もも肉のステーキの低温調理に最適な温度と時間を導き出すと、
レアなら52℃で155分以上、
ミディアムレアなら55℃で21分以上
という、温度と時間がみえてきます。
この理論上で導き出した温度と時間をもとに実践し、あとは、自分好みの焼き加減になるように調整していきます。
いきます!
牛もも肉のステーキの作り方(実践編)
牛もも肉の下準備をする
今回使用したのは鹿児島産黒毛和牛のもも肉です。
まずは、この牛もも肉を殺菌します。
キレイキレイッ!
沸騰したお湯でサッと湯通しします。
すぐに氷水に落とし、中まで火が入らないようにし、キッチンペーパーで水分をしっかり拭き取ります。
どんなに清潔に保たれているとはいえ、表面が空気にさらされている以上、どうしても雑菌の付着は避けられません。
表面が少し変性してしまいますが、殺菌を重視します。
殺菌した牛もも肉は、キッチンペーパーでしっかり水気を取り除きます。
本当にしっかり拭き取ります!
次に、牛もも肉を、定規を使って厚さ4㎝に切り分けます。
きっちり!
そして、切り分けた牛もも肉に塩を浸透させていきます。
じわじわぁ~!
牛もも肉の重量の0.8%の塩をまぶして、フィルム袋に入れ、
牛もも肉の重量の10%の太白胡麻油を入れ、真空密封し、冷蔵庫に24時間置きます。
太白胡麻油とは、胡麻を生のまま搾油しており、色と香りはありません。
通常イメージする色と香りの付いた胡麻油は、煎った胡麻を搾油する事によって、その独特な色や香りを生んでいます。
冷蔵庫には水を張った容器の中に浮かべて寝かせます。
冷蔵庫の棚に直置きする事で棚に面する部分に負担がかかり、変形や腐敗につながります。
床寝よりウォーターベットの方が、牛もも肉にとっても良いはずです。
プカプカ~!
肉に塩を浸透させる意味について
ここで、肉に塩を浸透させる、私なりのイメージを述べていきます。
イメージして下さい!
塩をした肉は、塩をした事により浸透圧でドリップが出てきます。
ドリップには、悪いイメージがありますが、本来はその食品本来の風味や旨味を含んだ、内部から流出する液汁の事です。
先に、肉を殺菌した事は、そのドリップになるべく悪い要素を含ませないように、という目的も含まれています。
肉は、フィルム袋に入れ真空密封する事により、そのドリップに包まれられます。
そのドリップには、塩をした事による塩分と、その肉自身の風味や旨味を含んでいるはずです。
そのドリップでその肉をマリネするイメージで肉に塩を浸透させていきます。
ただし、やはりそのドリップには肉汁として、その肉の中に留まってて欲しいとの想いは第一としてあるのは事実です。
では、前もって塩をせず、焼く直前にだけ塩をすればいいのではないかとなりますが、ある程度の厚切りステーキになると、表面の塩の効いた味と、中側の肉そのものの味との、バランスが気になってしまいます。
そこで、肉に塩を浸透させたいが、ドリップを出したくないという矛盾を補う物として、太白胡麻油を使います。
ドリップは水分なので油が周りにあると出ていけないはず、という想いと、さらには、胡麻特有のセサミンによる抗酸化作用、油を入れた事による、真空密封精度の向上も期待できます。
油を使ってはいるのですが、肉に油を浸透させる狙いはありません。ドリップが出ることによって、逆に油も肉に浸透出来ないはず、という想いもあります。
このようなイメージで、牛もも肉に塩を浸透させてあげます。
イメージしながら料理します!
牛もも肉を低温調理する
低温調理する為の調理機器、BONIQ(ボニーク)を用意します。
まずはレアな焼き加減の温度で作ってみます。
みます!
先程導き出した、レアなら52℃で155分以上をもとに、BONIQの温度と時間を設定します。
この52℃で155分というのは、食材の中心を52℃で155分加熱するという事です。
BONIQの設定温度というのは、あくまで湯煎するお湯の温度です。
今回、4㎝の厚さに切った食材の中心温度は、BONIQの設定温度の1℃低い温度までしか、なかなか上がりませんでした。
さらに、食材の中心温度が目標温度に達する時間は、冷蔵庫に寝かしていた物を出してすぐ湯煎にかけ、中心温度が52℃に達するまで1時間掛かりました。
よって、BONIQの設定は、53℃で3時間35分にしました。
先にこのレアな焼き加減の完成品をお見せしてしまいます。
どんな感じでしょ~かっ!
レアな焼き加減のステーキとして、申し分ない物が出来上がりました。
しかし、食べてみて思う事がありました。
ここからは、私自身の好みの問題を述べます。
独断と偏見です!
このレアなステーキを食べてみて、噛む歯の圧力により、にじみ出てくる肉汁のジューシーさはさすがだとしか言いようがありません。
ただ、まさに肉食べてますと言わんばかりのこの肉々しい歯応え、これが気持ち強い気がしました。
誤解しないでほしいのが、まさに肉食べてますと言わんばかりの肉々しい歯応えは必須です。良い事です。
加えて、牛肉の部位や、脂の入り方、いわゆる霜降り、さし等が、牛肉の歯応えに大きく関わる事は前提として、少し強い、ほんの気持ち強いのです。
もうちょっとだけ噛み切りやすい方がいいなと思いました。
切り方を工夫して薄く切れば、歯応えは調整できるのですが、
ステーキです。
薄切りより厚切りに贅沢にいきたいです。
ステーキは贅沢にいきたいっ!
この問題を解決するにはどうしたらいいのでしょうか?
まず思いついたのは、単純に、もう少し火を入れる事です。
例えば、生のような牛肉のタタキよりも、焼肉で食べる牛肉の方が噛み切りやすいのは想像しやすいと思います。
ひとつ興味深い実験をしてた番組の記事がありましたのでご覧下さい。
ステーキはレアよりもウェルダンの方が噛み切りやすいという実験です。
このような事から、焼き加減をレアからミディアムレアにしてみたいと思います。
もうひとつ気掛かりな事があります。
コラーゲンの事です。
いくら牛もも肉とはいえ、目立った筋等はありませんが、筋肉を構成している以上、結合組織タンパク質であるコラーゲンは存在しているはずです。
コラーゲンは低温の加熱でも変性しますが、時間が必要です。
もう少し温度を上げたり、加熱時間を伸ばした方が良いようです。
ただ、あまり加熱時間と温度を変えても、まさに肉食べてますと言わんばかりの肉々しい歯応えが無くなるのはだめなので注意が必要です。
という事で、BONIQの設定は56℃で4時間にしました。
先に完成品をお見せする前に、順番通りに次の工程をみていきましょう。
という事は、なかなか自分好みになったという事です。
いい感じぃ♪いいねぇ♪
牛もも肉を炭火焼きする
牛もも肉をBONIQで、56℃で4時間、低温調理した物がこちらです。
この状態で火は通っているのですが、圧倒的に足りないものがあります。
ステーキという御馳走を目の前にした時、口に入れる前から美味しいと感じさせてくれるもの。
目で美味しいと感じさせてくれるこんがりとした焼き色、鼻で美味しいと感じさせてくれる香ばしい匂いです。
食欲を刺激させてっ!
このこんがりとした焼き色と香ばしい匂いを引き起こすには、高温で加熱すればいい事は容易に導き出せますが、この変化を化学的にいうとメイラード反応と言います。
という事で、メイラード反応によりこんがりとした焼き色と香ばしい匂いを引き起こす為に、牛もも肉を炭火で焼いていきます。
ジュウゥ~!
ここでの加熱は、こんがりとした焼き色と香ばしい匂いを引き起こす為だけなので、牛もも肉の中心部に余計に火が通らないように注意します。
メイラード反応について
メイラード反応についてWikipediaでしらべてみます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/メイラード反応
メイラード反応とは、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、ペプチドおよびタンパク質)を加熱したときなどに見られる、褐色物質(メラノイジン)を生み出す反応のこと。褐変反応 とも呼ばれる。アミノカルボニル反応の一種であり、褐色物質を生成する代表的な非酵素的反応である。メイラード反応という呼称は、20世紀にフランスの科学者ルイ・カミーユ・マヤールがこの反応の詳細な研究を行ったことから名付けられた(日本語表記の「メイラード」は、フランス語のMaillard[マヤール、あるいはメヤール]を英語読みした「マイヤード」「メイヤード」を日本語化した表記である)。
食品工業において、食品の加工や貯蔵の際に生じる、製品の着色、香気成分の生成、抗酸化性成分の生成などに関わる反応であり、非常に重要とされる。メイラード反応は加熱によって短時間で進行するが、常温でも進行する。ただし、その場合には長時間を要する。
メイラード反応が進行する具体的な温度は、140℃前後で始まり、150℃でさらに活発になり、160℃でピークを迎える。
炭火のメリットについて
ここで、なぜ炭火を利用するのか?
炭火のメリットについて述べていきます。
いきます!
先に、よく言われるメリットとして
「遠赤外線により中から加熱される」というのは間違いという事について述べていきます。
目からウロコ!
こちらの文献を参考に以下をまとめました。
そもそも、炭火で肉を焼くとか、ガスコンロでやかんにお湯を沸かす等といった、
物体間の熱エネルギーの流れ、その熱の伝わり方には、3つの方法があります。
①伝導熱
②対流熱
③放射熱(輻射熱)
です。
ポイントは熱が何によって運ばれるかになります。
①伝導熱は物質
②対流熱は流体
③放射熱(輻射熱)は電磁波
です。
それぞれの熱の伝わり方の具体例を、ガスコンロでやかんにお湯を沸かす場合を例にみてみると、
●ガスコンロの火がやかんに伝わる→①伝導熱
●やかんの中の水の中で熱が移動してお湯になる→②対流熱
●ガスコンロの火の近くにいると自分が暑くなる→③放射熱(輻射熱)
となります。
遠赤外線は電磁波ですので③放射熱(輻射熱)に関わります。
③放射熱(輻射熱)について、もう少し説明すると、
物体表面の原子からは、物体の温度に応じた波長の電磁波が放出されています。
他の物体がその電磁波を受け取ると、その電磁波を内部エネルギーに変換し、物体の温度が変化します。
電磁波には、光や電波がその一種に含まれ、その光の中に遠赤外線が含まれます。
そして光は、赤外線、可視光線、紫外線に分けられます。
可視光線の中で、一番波長が長いのが赤色、一番短いのが紫色です。
赤外線は波長が赤色より長く、赤色の外側という意味で赤外線、
紫外線は波長が紫色より短く、紫色の外側という意味で紫外線といいます。
そしてその赤外線の中で、波長が赤色に近いようなところを近赤外線といい、波長が赤色に遠いところを遠赤外線といいます。
遠赤外線には水に吸収されやすい波長があり、効率よく加熱するという事は確かなのですが、非常に表面の薄い所しか加熱されない性質があるのは事実です。
ただ効率よく加熱する事は事実なので、遠赤外線ヒーター等、早く暖かくなる効果はあるのですが、「遠赤外線効果で体の中までポカポカ」というのは間違いです。
なぜそのような誤解が生じているのかというと、マイクロ波という遠赤外線より波長の長い電磁波があります。
マイクロ波の応用として、マイクロ波加熱を利用した電子レンジがあります。
マイクロ波くらいの波長の長さになりますと、物体の中まで浸透しますので電子レンジとして成立するわけですが、このあたりから誤解が生じて、マイクロ波が物体の中まで入るから、遠赤外線も中まで入るだろうというふうになってしまっているようです。
で、かんじんの炭火のメリットですが、やはり遠赤外線効果が上げられます。
いや!効果あるんかいっ!
勘違いしないでほしいのが、
「遠赤外線により中から加熱される」という事ではなく、
「遠赤外線により表面が素早く加熱される」という事です。
炭火はガス火の約4倍の赤外線を放射するので、ガス火より効率良く加熱できます。
さらには、ガスは燃焼時に水を発生させますが、炭は発生させません。
よって、食材に余計な水分を与えません。
付け加えて、よく言われる「炭火の香り」も誤解があるようです。
炭自体は炭素なので燃やしても匂いや煙が出ません。
しかし、実際に炭火で焼かれた食材はいい香りがします。
その香りの正体はというと、
炭火で食材を焼くと、油や汁が炭に落ちて煙が出ます。
その煙で食材を燻煙する事でいい香りをもたらします。
ですので、炭特有の香りではないようです。
よって、私がこの場合に炭火を選んだ理由は、
低温調理後の加熱は、食材に余計な火を通さず、メイラード反応によりこんがりとした焼き色と香ばしい匂いを引き起こす事が目的で、
その為に、炭火のメリットである、
炭火のメリット
・遠赤外線により食材の表面が素早く加熱されること。
・炭の燃焼時に水を発生させないことによる食材に余計な水分を与えないこと。
が、この場合の加熱に最適である事が主な理由になります。
牛もも肉を盛り付ける
炭火で仕上げた牛もも肉に薄く塩、胡椒を振り掛けます。
熱いうちに切ります。
切った時に、肉汁は流出しません。
最後の高温加熱は短時間なので、肉汁は踊っている状態ではありません。
盛り付けて完成です。
美味しそぉ~!
実食
いただきます!
まず、見た目はどうでしょうか?
肉の断面は鮮やかな赤色をしています。
しかし、生のような感じではなく火が入っているのをみてとれます。
そして、こんがりと焼かれた表面の茶色と赤色のコントラストは、人間の本能に美味しいと刻まれているのではないかと思う程に、期待に胸を膨らませます。
さらに、炭火で焼かれた事による燻煙された香ばしい匂い、牛肉特有の甘さをも感じさせる匂いで、
目から、鼻からと、口に入れる前からすでに美味しさを感じさせられます。
実際に口に運ぶと、まず歯の感触で、表面の焼けた部分の程よい固さを感じながら、中心の柔らかで弾力のある肉々しい歯応えを感じ、
その歯の圧力により、肉汁がじゅわっと口の中に広がり、肉の旨味と浸透させた塩味の混ざり合った味を舌に感じる事ができます。
この時点で美味しいと感じる脳の刺激はピークに達し、幸せをも感じる事ができます。
咀嚼するたびに肉汁は広がり、肉々しい歯応えを楽しみながら、美味しさと幸せの余韻を感じ、
何度目かの咀嚼の丁度よいところで呑み込めました。
ポイントであった、低温調理のメリットとして食材の柔らかさとジューシーさは申し分ない出来に仕上げる事ができました。
牛もも肉のステーキとして全体的にみても、美味しく作る事ができました。
ごちそうさまでした!
まとめ
今回、低温調理の実践編という事で、牛もも肉のステーキを作ってみました。
前回の記事で、低温調理の理論と向き合ったおかけで、
今回実践する際に、頭による理解に伴った調理ができ、非常にスムーズに行う事ができました。
何か問題が発生しても、調理の理論をもとに考えることで、自分の理想へもっていく方法を明確に導き出す事ができ、
調理理論の大切さを痛快しました。
しかし、
今回の牛もも肉のステーキの作り方が究極だとは思いません。
まだまだ、もっと見つめ直した方がいい事、新しい情報を得て試したくなる事もあるでしょうし、
これが完璧だと思う事は一生ないでしょう。
ただ、このゴールの見えない道を進む煩わしさが楽しさでもあるように思います。
こうして、いずれ開く店への道のりが、また一歩踏み出されたのです。
2歩目!
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